
相続となると、それまで平穏だった親戚関係がぐっちゃぐちゃになる。世間でよく聞く話だ。
私のところもそうなった。なってしまった。
私は現在、30歳のサラリーマンである。両親はともに60歳。
母方の祖父母はすでに他界しているが、父方の方は祖父が健在だ。
連れ合いには8年前に先立たれたが、91歳のいま、一軒家で一人暮らしをしている。
高齢ではあるが認知症もこれといった持病もなく元気だ。
自炊もするし、車の運転もする。私の父親、つまり祖父の息子としては、
高齢の一人暮らしで心配もあるだろうが、おおむね生活は問題ない。
しかし、状況が変わったのは3年前である。
祖父の三男の嫁がことあるごとに相続の問題を持ち出すようになったのだ。
本人は義理の娘でしかないから、もちろん、法律上は相続権はない。
相続できるのは、その配偶者である三男(私から見ると叔父)である。
なのに、親戚同士で集まると、たびたび相続について口を出すようになってきた。
「お義父さんももう高齢だし、そろそろ相続について考えた方がいいわよ」と、
本人を目の前にして口に出し、
私の父親をはじめとして親戚一同に変な空気が流れる。
しかし、空気を読むということができないのか、
「生前贈与という考えもあるんだしね」とさらに具体的なことまで言い出す有様。
私の母親などは「まだお義父さん、お元気だし、そんな話は早いわよね」
と空気を和らげようとするのだが効果がない。
聞くところによると、その三男の嫁はそのころから経済的に苦境に立たされるようになったようだ。
彼女の旦那はそのころ勤めていた印刷工場が潰れ、50歳を超えて再就職。
一応、知り合いのツテをたどって正社員にはなれたようだが、
就職したのは社員数名の零細企業で、月収は20万に届くかどうかという低さ。
おまけに末の男の子はこれから大学に進学するというタイミングで、
マイホームのローンも残っており、かなり困窮していたらしい。
本人も、それまで専業主婦だったのがコンビニにパートに出るようになっていたという話だ。
そんなところに、お金を持っている祖父の存在があった。
祖父はもともと会社経営をしており、現役時代、地元ではかなり知られた存在だったようだ。
身一つで運送会社を立ち上げ、かなりの売り上げを出していたらしい。
現役を退いてからもうまく資産を運用し、祖母が存命のあいだは長期で海外旅行に出かけたり、
たびたび高級レストランに食事に行ったりしていたし、
乗っている車もベンツやジャガーといった高級車ばかりだった。
経済的に困窮した三男の嫁がその資産に目をつけるのも理解できない話ではない。
さて、何度か親戚の集まりで相続のことを持ち出すようになりしばらくすると、
こんどは私の両親に対し、直接電話までかかってくるようになった。
あるとき、どうやら祖父宅を訪ねたときに居間である宗教のパンフレットと書籍を見つけたらしく、
そのときはさんざん私の両親のところに電話をかけてきて、「お義父さん、変な宗教に入れ込んじゃってるんじゃないかしら!」
と騒ぎ立てて大変だった。
もともとそれほど親密な付き合いがあったわけでもないのにことあるごとに、
いや、何事もないのに連絡があって、祖父の健康状態であるとかお金の使い道であるとかについて話をしてくる。
「お布施で根こそぎ資産をとられちゃったらとんでもないわよ」「なんでも、宗教上のものって、
法外なお金で買わされても返品できないっていうじゃない」などと、
私の母親に電話口で言いたてて、その声は数メートル離れた私の耳にまではっきり聞き取れるほどだった。
ただ、このころはまだよかったのだ。三男の嫁はいちいち相続のことに口を出すとはいえ、
私の両親とはどちらかと言えば仲間といおうか、少なくとも敵対する間柄ではなかった。
けれども、さらに状況の変化が起こる。
彼女の長男はその当時、一応は大学を卒業して中堅企業に入社し、サラリーマンをやっていたのだが、入社から2年たち、
うつ病にかかって仕事を辞めてしまったのだ。こうして、彼女からみれば、まずは旦那が失業し、
さらには息子までが仕事を失うこととなった。
推測するに、ここで彼女の経済的な不安は一気に高まっていった。
こうなってからは彼女の感情の矛先はうちの両親、というより私たち一家に向かうようになった。
ときどき祖父宅を訪ねたときに顔を合わせることがあったのだが、ことあるごとにチクチクと嫌味を言う。
「おたくは旦那さんも息子さんも安定した仕事があっていいわよね」とか
「やっぱり長男だと教育にもお金をかけてもらって、うちのとはちがうんですかね」
とか、そんなことまで言い出す始末。
あるとき、とうとう我慢しきれなくなった母親。
彼女に「あなたの不満をうちへぶつけられても困ります」と言い返すと、
「恵まれてる人に、あたしの苦労なんかわかりゃしないわよ!」と、とうとうキレてしまった。
一瞬にして険悪となったため、私たちは居心地悪そうにしている祖父を残し、
その場から退散。昨年の正月のことだった。
依頼、彼女から電話がかかってくることはない。
私たち一家が祖父を訪ねるときにも、彼女と鉢合わせないよう、
祖父と綿密な打ち合わせをしてから、というのが通例となった。
相続問題というのは本当に怖い。
けれど本当に怖いのはこれからだ。いざ祖父が他界したとき、いったいどんな地獄が待っているのやら……。
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